JOURNAL

民藝とジョージ・ナカシマ

2024.06.11

 

 

 

 

矢口です。

 

昨日の投稿で話題にしたDisneyプラス独占配信中の「スター・ウォーズ アコライト」

お店を閉めて、デスクワークを終わらせ、「ちょっと観るか!」ってPCで見始めた。

 

そしたら、そこは熟知たる「スター・ウォーズ」のストーリー、面白くないわけがない!現在配信済みの2話(1話は約30分)一気観してしまった。

全何話あるのか?毎週水曜日の配信が楽しみとなりました。

 

さて、先月の出張の際、世田谷美術館 で開催されている「民藝 MINGEI―美は暮らしのなかにある」 を拝見した。

内容はと言うと、日本民藝館やその類の展示を近年高頻度で拝見している私としてはあまり新鮮さがなかったので感無量とはなりませんでした。

 

しかし、平日水曜日だと言うのに美術館には相当に観覧者さんがいてごった返していた。

おまけに、「これがメインでは??」と思わせる様な展示最後に配された各地の民芸作品販売コーナーでもセール会場宜しくごった返していて、”民藝”や”クラフト”人気の片鱗を垣間見た思い。

 

「民藝とジョージ・ナカシマ」。

 

展示会場では2箇所だけ写真スポットがあった。

今日の一番下写真がその一つ、現代のライフスタイルと民藝を融合したインスタレーションですが、そこにはジョージ・ナカシマデザインのベンチがどっしりと飾られていた。

 

木工家 ジョージ・ナカシマ

1905年中島勝治と寿々の長男としてワシントン州スポケーンに生まれる。ワシントン州のシアトルで育ち、ワシントン大学で森林学を二年間学んだ後、建築学を二年間学び、ハーバード大学大学院でデザインの勉強をするために奨学金を得ましたが、バウハウスを嫌い、マサチューセッツ工科大学へ転校、建築学修士号を取得。卒業後は、世界一周の旅(アメリカが大恐慌の時代)に出て、パリなどを訪れる。その途中戦前の日本で父の友人の紹介でチェコ人の建築家アントニン・レーモンドの設計事務所に席をおき、建築設計の仕事をし、日本建築士の草分け時代の事で同僚には前川國男や吉村順三など、後輩には丹下健三もいた。その後インドなどを歴訪し、「木匠」としての精神的な基礎部分を形成し、アメリカに戻ると第二次世界大戦のため日系人として収容所に収監され苦労しましたが、そこで知り合った家具職人に家具の作り方を教わる。戦後、米国に帰国したレーモンドを頼ってニューホープに移り住み家具製作を始め、アメリカでは1952年建築学会のゴールドメダルを受けるなど、早くから認められた作品はスミソニアン博物館、シカゴ美術館などにあり、1986年にはメトロポリタン美術館ジャパンギャリーの一室の家具をすべてひとりで製作しました。日本でも東京国立近代美術館、東京都現代美術館などに作品が置かれており、文字通り世界的に知られた木工家具作家で、木工家としてパイオニア的な存在の一人です。

 

ジョージ・ナカシマさんやその作品いついての詳細はお調べいただきたいところですが、今、世界のインテリア家具オークション市場で、ジョージ・ナカシマさんと娘さんのミラさんの作品が大人気。

富豪的インテリア好きの方々に、数百万、数千万円という高値で椅子やテーブルが落札されている。

 

すごいなぁ〜、ある意味”昭和の日本の温泉宿”にあったイメージが湧く様な木の風情豊かな椅子やテーブルが、好きもの垂涎の今や世界のトップデザインの一つになりつつある、事実。

私も、ジョージ・ナカシマ作品入門編である「Grass Seated Chair(グラスシートチェア)」が欲しいなんてぼんやり考えもするけれど・・・新品であっても、なかなか手を出せる価格ではなくなっています。