JOURNAL

いろのみ「四季」と日本民藝館「芹沢銈介の世界」

2024.09.17

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

矢口です。

 

いろのみ「四季」と日本民藝館「芹沢銈介の世界」。

 

「目の前に広がる景色や果物から感じられる音楽」をコンセプトに2022年の春に始まったジャム屋mitsukojiさんとの「JAM & MUSIC collaboration」。mitsukojiさんのジャムとゆっくりと季節を過ごしながら、一年の四季を通して4楽章の音楽が生まれました。その全てをまとめた12作目となるCDアルバム。冬から春に移り変わる景色、初夏の瑞々しさ、秋の実りの喜びと染まっていく山々。それらの色が巡り、星へと瞬いていく物語。アートワークにSan Gertz Nigel Nina Ricci 氏を迎え、音から紡いだ版画や切り絵たちが優しく神秘的に物語を作り上げます。ハードカバー+18Pのブックレット仕様になっています。一つの絵本を読む感覚で音と一緒にお楽しみ頂ければ嬉しいです。表紙はマットな質感のハードカバーに、タイトル部分にさりげなく黒の箔押しを。18Pのブックレットには各曲のイメージの版画や切り絵、言葉が添えられています。絵本や詩集を眺めるように、音と一緒にお楽しみ頂ければ嬉しいです。ストリーミング配信が主流になってきましたが、やっぱり作品を手に持って感じるっていいなぁと思いました。作品化にあたり、具現化していく、プロセスの中でより作品の世界観や人との繋がりが高まっていくことを今回改めて感じました。(公式インスタグラムより転載)

 

「季節のさまざまな色の実を鳴らす」をコンセプトに活動する、柳平淳哉さんの穏やかなピアノと、優しく包み心地良いリズムを加えてくれる磯部優さんのプログラミングや弦楽器による印象派ポスト・クラシカル・デュオ、いろのみ

いろのみさんが今年3月12作目としてリリースされたアルバムが「四季」です。

まさに、私もこちらのアルバムは発売と同時に”ストリーミング”で購入し拝聴しております、唯一無二、お二人の独創性が紡ぎ出した美麗な音色!

 

3連休のある日、ピアノの柳平さんがご家族でご来店くださり、私節目のお祝いに重ねてアルバム「四季」をいただきました(お客様からの頂き物のお話をこちらで触れさせていただくこと大変恐縮でございます)。

嗚呼、嬉しや!重ねた歳の分涙脆さに歯止めが効かない、図々しさにも歯止めが効かずサインまでおねだり。

 

お店が終わって晩のこと、アルバム「四季」を聴きながら、いただいたCDパッケージを端々まで拝見。

その装丁の質感・デザインの意味を、上述の解説を拝読した後に全容をつぶさに拝見し改めて作り込みの素敵さを強く噛み締める。

 

さらには、”絵本や詩集”と表現されているパッケージ内に組み込まれた18Pのブックレット、その1ページ1ページを捲る・・・美しい。

それはまさに先日拝見したばかり、日本民藝館で開催中の「生誕130年 芹沢銈介の世界」展作品とも共通する芸術の域、重ね合わせ唸る。

 

作品作りに寄せたお二人の思い、CD所有の喜びを掻き立ててくれる、圧倒的な表現力に満たされた気持ち。

柳平さんからの甚だ幸せなプレゼント、その有り様に作り手の心を感じ、お店を表現する者としての「大切」、私も魂を共振させていただいた感覚へ。

 

作家が作品を世に送り出す姿勢、いろのみさんが12作目アルバム「四季」を作り上げた姿勢・・・

柳平さん大切な作品の贈り物を誠にありがとうございました(涙

 

いろのみさん、アルバムリリース後全国各地で演奏会をなさっております、年内あと3公演とおっしゃっていられました。

次回は10/18、岡山瀬戸内海を一望できる belkさんでの ironomi concert「四季」、行かれる方が羨ましいです。

 

※芹沢 銈介(せりざわ けいすけ、芹澤銈介、1895年(明治28年)5月13日 – 1984年(昭和59年)4月5日)
日本の染色工芸家。静岡県静岡市(現・葵区)生まれで、静岡市名誉市民。文化功労者。重要無形文化財「型絵染」の保持者(人間国宝)。民藝運動の共鳴者でもあり、提唱した柳宗悦とともに日本各地を訪ねて民芸品や民具を調査した。20世紀日本の代表的な工芸家として内外から高く評価されており、静岡市立芹沢銈介美術館が開設されている。実家の呉服商が焼失したため画家の夢を諦めて図案を学び、30歳代半ばから染色を手掛けるようになった。オリジナリティあふれる作品群を生み出したほか、本の装丁など商業デザインも手がけた。ビジネス面での優れた企画力を持ち、第二次世界大戦後の布不足下では和紙の型染カレンダーを製作してヒット商品とした。また、その選美眼で世界各地の民芸品や工芸品、美術品を蒐集した。東北地方、ことに仙台の街や鳴子温泉を愛したことでも知られる。多摩造形芸術専門学校、女子美術大学、静岡女子短期大学家政科などで教鞭も執った。息子の芹沢長介は考古学者として活躍し、晩年は東北福祉大学芹沢銈介美術工芸館の館長を務めた。柚木 沙弥郎さんも芹沢 銈介さんの弟子。