矢口です。
今しがたチョコを食べていましたら、奥歯に被せてあった銀の詰め物が取れました。
何十年も私の歯を守ってくれていた銀の詰め物。
これはどうしたら良いのでしょうか?
歯医者さんでもう一度詰め直していただいた方が良いのか?もうそのまま放置しても良いのか??
つるんとしていた奥歯がざらついた舌触りとなり違和感から始まった今日18日、先勝の火曜日です。
さて、そんな私のどうでもよい話題で始めてしまった今日のブログですが、昨日鹿児島の木工作家アキヒロジンさんからいただいたご連絡に”嬉しい気持ちの込み上げ”を感じたことをお伝えしたいと思い筆を進めます。
ジンさんからいただいたご連絡の全ては記載しませんが、概ね以下の様な内容。
「実は、ジンカップ用の木材(乾燥材)が不足していて、年内はこれ以上生産する事が出来ない状況です。
この夏をこせば、木材の乾燥が進むので、製作に着手出来るのは冬以降になりそうです。」
「ジンカップの木材は自分たちで生の丸太を製材して、5年以上の自然乾燥期間をかけます。
つまり、今年ジンカップを製作するのは5年以上前に製材した木材です。」
「
今年用の分は確保していたつもりだったのですが、用意していた分から思ったようにとれませんでした(割れ、腐れ、未乾燥等)。」
「厳密に言うと、鹿児島中の木材屋さんから乾燥した木材をかき集めればなんとか作る事は出来ると思うのですが、何せジンカップ用の木材は歩留まりが良いように特殊な厚みに製材しているため、無駄な部分が出てしまいます。
また、自然のサイクルで作り続けるというジンカップの基本的な考え方から外れてしまうと、今後作り続けるにあたって無理が生じてしまい、アキヒロウッドワークスの考える「良いデザイン」の考え方を実践する事ができません。」
「
僕らのような小さい工房だからこそ、そこの考え方をしっかり守って行きたいと思います。」
ジンさんからのご連絡に私の頭の中で2つのセンテンスが浮かぶ・・・
①当店の定番アイテムとして販売させてさせていただいておりますジンカップは「生産着手から長い年月と作り手の大変な労力、高い技術、そして熱き思いがあってこそ完成し、その結晶を当店からお客様にご提案させていただけている」と言う簡単に量産できるものではない貴重性、そしてお取り扱いさせていただける喜びと言う観点。
②「自然の恵みを乱獲するのではなく、自分たちが作る分だけ取り、使う」、「商売の為に過剰に伐採することはしない、だから他にあるものを流用する事はしない」と言う作り手の信念。
・・・じんわりと暖かい気持ちが湧いて来ました。
それは、人が使う必要以上に大量生産し、使用年数が短く捨てられたり、または売れずに廃棄される、安価な価格を前提に設定されるが故に大量生産され世に出回り、一見便利なものであるけれど、人々が使い方を見直せば本当は不必要な存在であるであろう沢山の工業製品の存在。
それに対して、自分たちの生活に必要な分だけ取り、作り、販売する生業、一点一点は決して安価ではないけれども、長年愛着を持って使え、所有する喜びまで感じられる服や生活の道具と言う存在。
私もとても小さな洋服屋さんを営んでおります、大が小を征する力関係は昔も今もきっと変わらない事でしょうが、小だからこそ出来る事もあり、遣り甲斐を持って生きる道がある。
今の世となればどちらが正解であるとは言い切れない事であれど、私は長く愛着を持ってお使いいただけるプロダクト、作り手の努力が生み出したプロダクトにフォーカスしてお店を営みます、私の真中にある揺るがぬ思に真っ直ぐに。
ジンさんの上述のご連絡にはハッとさせられ、気持ちが突き動かされました。
「服や生活の道具を作る人の思い」。
当店からご提案させていただくアイテム達には作り手の「大切に思う事、貫く」気概が必ずある、その事を当店ブログをご覧下さいます皆さまにお伝えしたく、今朝のブログではアキヒロジンさんからのご連絡をご紹介させていただきました。